今日は、
国際センター<桜通線>久屋大通
久屋大通<名城線>平安通と乗り継いで、
平安通から上飯田線で楽田へと行きました。
| 撮影 士(サムライ) |
そして、この道をひたすら進み、
| 撮影 士(サムライ) |
尾張二之宮
式内大社
大縣神社
| 撮影 士(サムライ) |
まで、参りました。
今上天皇(現在の天皇陛下 昭和は昭和天皇)の
御即位二十年の記念事業として、
改修工事の竣工奉告祭に参列いたしました。
| 撮影 士(サムライ) |
本殿の柱の歪みを直すことと
参集殿と呼ばれる会館(結婚式や集会のための施設)を
既存の玄関を移築して、新設することが
この事業のおもだった内容です。
こちらが、その参集殿です。
| 送信者 士(サムライ) |
既存の参集殿は、
昭和47年に熱田神宮より、こちらに移築されました。
建物の履歴を紹介すると、
明治42年 熱田神宮宮庁として、名古屋市熱田区中瀬町に建立。
昭和27年 熱田神宮の境内内に移築。
昭和47年 神宮会館改築を機に、
当時の宮司 篠田宮司の好意により大縣神社に移築。
同神宮の森技師の設計、末広工業(株)の施工により、
2月起工 9月竣工し、参集殿と命名されました。
建立100年を迎え、傷みが激しくなったことにより、既存玄関を移築し、新たに建設することとなりました。
参集殿の向かって右側にある社務所などは既存です。
| 撮影 士(サムライ) |
傷みが激しくなったとは云え、既存部分には、本物の持つ力を感じました。
| 送信者 士(サムライ) |
写真では、上手く伝わらないことだとは思いますが、
素材や仕事の質が今ではなかなか目にすることの出来ないものとなっています。
加えて、2回の移築に耐え得る確かさがあるように感じました。(参集殿の玄関は、短い距離のも含めると3回)
それはきっと、今の私では読み取りきることの出来ない様々な技術や知識、経験に裏打ちされたものなのでしょうが、
その一つは、
この床下にあると思いました。
| 撮影 士(サムライ) |
| 撮影 士(サムライ) |
床下が吹き晒し(ふきっさらし)です。
寒い筈です。
でも、建物の寿命と維持管理には、とても良好です。
かつての日本人は、とても美しく、忍耐強かった気がします。
日本の建物です。
技術はある偏りを持って発展すると云う人もいますが、これ程の技術を持っているなら、
どこかの段階で、誰かが、もっと居住性をよくする方向にできたと思います。
それでも、
我々の先人は、
優れたものを後の世に伝えようとする思いを、
優先してきたように感じます。
私はとても、そこまでストイックにはなれませんが、
それでも
「大切なコトやモノはあるのだ!」
「忘れてはいけないコトはあるのだ!」
と思いました。
Moon:8.6[九日月]