ご無沙汰しすぎました
長らく、ブログを更新をせず、申し訳ありませんでした。
引越をしたり、
していました
そんなことはありましたが、

おおむね、この辺り ↑
名古屋市内には居ました。
引越先は、
名古屋駅も徒歩圏内です。
ここは、中村区ですが、
道を一本、挟むと、
西区になります。
町名は、同じなのに、区が違ってきます。
西区に入ると、
四間道(しけみち)と呼ばれる通りがあります。
四間道は、江戸時代に防火のために、道幅を四間(約7.2m)とった道です。
(名古屋人は、昔から道幅が広いのが好きなようです。)
こういった感じの蔵などが、立ち並んでいたり、
面格子のある古めかしい民家に出会えたり、
犬矢来があったりします。
この通りを抜けると、
円頓寺(えんどうじ)商店街もあります。
残念ながら、少し寂れてしまっていますが、
昔ながらの商店街です。
少し、のどかな気持ちにはなります。
名古屋には、東西南北
全ての区があります。
南区は、名古屋市内の南の方にあります。
北区も北ではありますが、
東と西は、それほど東とも西とも言い切れません。
城(名古屋城)に対して、東なり西なりが東区、西区です。
中区の北の端にある名古屋城の北が北区、東が東区、西が西区です。
中区の北側を東区、北区、西区が囲うような感じになっています。
北区、東区はもともとは武家屋敷のイメージ。
東区は今でも、どことなく高級なエリアと云う印象があります。
それに対して西区は、商人、職人の街というイメージで、
庶民的な感じがします。
中区との境には、堀川と云う運河が流れています。
この川は、名古屋城の築城の時、物資の運搬の為に、設けられました。
そして、尾張の中心が清洲から名古屋に移り、併せて、清洲の商人たちが、
この辺りに移住してきました。
かなり薄くなりつつありますが、その影響や名残があるように思います。
また、国鉄名護屋駅(現:JR名古屋駅)が、
それまでの名古屋の中心部から少し外れた所に開業して、
およそ120年。
東海道線、東海道新幹線により、
今では名古屋の中心部となりました。
江戸時代の名残と現在の交通の拠点との狭間にできた
不思議なバランスに魅かれ、このエリアを狙ってみました。
改めまして、
今後とも宜しくお願いいたします。
Moon:26.7[二十七日月]
[...] それと、 6月1日の記事で触れたように、 堀川と云う川が流れていますが、 橋のたもとには、 [...]
ピンバック by 暦 アメノメグミ ヒノオカゲ : 7月15日 — 2008 年 8 月 19 日 @ 2:59 PM