暦 アメノメグミ ヒノオカゲ

2008年04月28日(旧暦)

6月1日

カテゴリー: , — タグ: , — 士(サムライ) 新暦:2008 年 6 月 1 日 投稿時の月齢:26.7  月名:二十七日月  潮汐:中潮 Moon:26.7[二十七日月]

 

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ご無沙汰しすぎました :oops:

 

 

長らく、ブログを更新をせず、申し訳ありませんでした。

 

 

引越をしたり、

 

 
髪を切ったり、

 

 

パソコンが壊れたり、 :cry:

 

していました

 

 

そんなことはありましたが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    おおむね、この辺り ↑ 
  名古屋市内には居ました。

 

 

引越先は、

です。

 

国際センターのすぐ側で、

 

名古屋駅も徒歩圏内です。

 

 

ここは、中村区ですが、
道を一本、挟むと、

西区になります。

町名は、同じなのに、区が違ってきます。

 

 

西区に入ると、
四間道(しけみち)と呼ばれる通りがあります。

 

四間道は、江戸時代に防火のために、道幅を四間(約7.2m)とった道です。
(名古屋人は、昔から道幅が広いのが好きなようです。)
 

四間道には、

こういった感じの蔵などが、立ち並んでいたり、

面格子のある古めかしい民家に出会えたり、

犬矢来があったりします。

 

 

この通りを抜けると、

円頓寺(えんどうじ)商店街もあります。

残念ながら、少し寂れてしまっていますが、
昔ながらの商店街です。

少し、のどかな気持ちにはなります。
 

 

 

名古屋には、東西南北
全ての区があります。

南区は、名古屋市内の南の方にあります。

北区も北ではありますが、

東と西は、それほど東とも西とも言い切れません。

城(名古屋城)に対して、東なり西なりが東区、西区です。

中区の北の端にある名古屋城の北が北区、東が東区、西が西区です。

中区の北側を東区、北区、西区が囲うような感じになっています。

北区、東区はもともとは武家屋敷のイメージ。
東区は今でも、どことなく高級なエリアと云う印象があります。
それに対して西区は、商人、職人の街というイメージで、
庶民的な感じがします。

中区との境には、堀川と云う運河が流れています。
この川は、名古屋城の築城の時、物資の運搬の為に、設けられました。

そして、尾張の中心が清洲から名古屋に移り、併せて、清洲の商人たちが、
この辺りに移住してきました。

かなり薄くなりつつありますが、その影響や名残があるように思います。

また、国鉄名護屋駅(現:JR名古屋駅)が、
それまでの名古屋の中心部から少し外れた所に開業して、
およそ120年。

東海道線、東海道新幹線により、
今では名古屋の中心部となりました。

江戸時代の名残と現在の交通の拠点との狭間にできた
不思議なバランスに魅かれ、このエリアを狙ってみました。

 

改めまして、
今後とも宜しくお願いいたします。

 

 

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1件のコメント »

  1. [...] それと、 6月1日の記事で触れたように、 堀川と云う川が流れていますが、 橋のたもとには、 [...]

    ピンバック by 暦 アメノメグミ ヒノオカゲ : 7月15日 — 2008 年 8 月 19 日 @ 2:59 PM

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管理人:一球建築士事務所 士(サムライ) 村上貴彦